2/24(木) 20:14
東スポWeb
JBCが〝亀田裁判〟の1億円支払い命令にビックリ 主張は曲げず「違法ではない」
東京高裁は24日、ボクシングのボクシング元世界3階級制覇王者の亀田興毅氏(35)ら3兄弟が「不当な処分を受けた」として日本ボクシングコミッション(JBC)に賠償を求めた控訴審判決で、処分を違法としてJBC側に計約1億円の支払いを命じた。
これを受けて同日、リモート会見を開いたJBCの永田有平理事長は「主張を受け入れていただけない判決となり大変残念」とし、一審から賠償額が倍以上になったことには「ちょっと驚いている」と話した。
JBCは2014年2月、元世界2階級制覇王者で次男・大毅氏の世界戦(13年12月)でのトラブルを巡り、亀田ジムの会長とマネジャーの資格更新を認めない決定を下した。これによって亀田3兄弟は国内での活動の場を失っていた。
亀田側の弁護人を務める北村晴男弁護士は「選手が国内で試合を行えなくなる重大な結果を招いても、平然としている冷酷な組織」と痛烈に批判。一方、永田理事長は「我々は処分が違法だったと思っていない」とした上で興毅氏らに対して「新しいプロモーターの下で試合をするか、別のジムに移籍すれば国内でも試合ができた。彼らにも選択肢があった」と真っ向から反発。両者の言い分は平行線をたどっている。
JBCは今後、上訴も含めて「内容を精査し、対応を考えたいと思います」としている。
https://news.yahoo.co.jp/articles/a8d7912ef1a031350d7bb3c150495b8e1572c6c3
カテゴリ:ボクシング > 日本人ボクサー
【ボクシング】お行儀の悪さは血筋か…亀田京之介が判定不服の大暴れで半年ライセンス剥奪!
1/5(水) 8:38配信
スポーツ報知
谷原章介
俳優の谷原章介が5日、MCを務めるフジテレビ系「めざまし8(エイト)」(月〜金曜・午前8時)にスタジオ生出演した。
番組では、ボクシング亀田3兄弟のいとこで、前日本フェザー級ユース王者の亀田京之介が日本ボクシングコミッション(JBC)から昨年12月17日付で「競技としてのボクシングの権威と信用を著しく毀損する行為である」として6か月の選手ライセンス停止処分を受けたことを報じた。
亀田は、昨年11月13日、同王座の初防衛戦で英洸貴に0―3の判定負けを喫した後、その判定への不満からレフェリーに暴言をを吐き退場中に客席の椅子を蹴るなどした。所属ジムの原田剛志会長も監督責任を問われ、戒告処分となった。
谷原は今回の処分に「スポーツマンですから最低、レフェリーに対してどんなに納得いかなかったとしても、こういう行為になるとスポーツマンシップにもとる行為ですよね」と断じた。その上で「改めて反省して襟を正して戻ってきてもらいたい」と願っていた。
(出典 newsatcl-pctr.c.yimg.jp)
https://news.yahoo.co.jp/articles/e0eb2812a981afb0a9319a7802544a6ca28d0b42
【中国のボクシング興行】日本の元世界王者が危険な反則攻撃浴び…下手したら死んでた😨
中国・武漢で先日、開催されたプロボクシング興行で、一つ間違えれば死亡事故にもなりかねない危険なプレーを日本人選手が受けた。
この興行には元WBO世界フライ級王者・木村翔が招かれ、ユーチューバーでキックボクサーの玄武とのエキシビション戦が行われた。玄武は体格で圧倒的に上回るにもかかわらず、木村とまともに戦う意思を見せず、足払いをかけるなど、ボクシングの反則行為を連発。最後は木村を抱え上げて首から落下させるという危険な行為に出た。
直後にセコンドがリングに入って木村を救出。首を痛がる様子の木村を見て続行を放棄したが、恐ろしいことに会場は玄武を勝者としてたたえる祝福モード。木村にも大きなケガはなかったのか、苦笑いの様子で「アウェーでした。コロナより怖い」とSNSでコメントしている。
この件では中国国民も同情しているようで、中国のSNSには「同じ中国人として恥ずかしい」などの言葉も多く見られている。日本人ヒーローを命の危険にさらすことで、玄武は炎上商法を成功させたのだろうか?
2021年12月20日 11時30分
https://news.livedoor.com/lite/article_detail/21383473/
【ボクシング】硬膜下出血で引退した元世界王者・山中竜也がルール緩和で現役復帰決定!
山中 竜也(やまなか りゅうや、1995年4月11日 - )は、日本元プロボクサー。大阪府南河内郡美原町(現・堺市美原区)出身。第19代OPBF東洋太平洋ミニマム級王者。元WBO世界ミニマム級王者。真正ボクシングジム所属。 1995年4月11日、南河内郡美原町(現在の堺市美原区)出身。堺市立美原西中学校、堺市立八上小学校を卒業。 13キロバイト (1,355 語) - 2021年8月15日 (日) 14:50 |
元世界王者・山中竜也が来年3・6現役復帰戦 結婚も発表 : スポーツ報知:
https://hochi.news/articles/20211218-OHT1T51081.html
2021年12月18日 14時47分スポーツ報知
(出典 hochi.news)
山中竜也
プロボクシング元WBO世界ミニマム級王者で、2018年に硬膜下血腫のため引退した山中竜也が18日、現役復帰を発表した。日本ボクシングコミッション(JBC)の“ルール緩和”によるもの。26歳の元王者は、大阪市内で行われた古巣・真正ジムの興行でリングに上がり「ルールが変わり、また真正ジムでボクシングができることになりました。ライトフライ級で、前回の現役(時代)を超えて、世界王者になって10回は防衛したい」と力強く2階級制覇とV10を誓った。同ジムの山下正人会長は、来年3月6日の同ジム興行でノンタイトル6回戦の再起戦(相手未定)を予定している。また、山中はこの日、再起戦後に交際中の33歳の一般女性と結婚することも明かした。
山中は18年7月、世界V2戦でビック・サルダール(フィリピン)に判定負けした際、試合後に硬膜下血腫が判明。JBCルールにより頭蓋内出血したボクサーは自動的にライセンスが失効するため、引退した。その後は後遺症もなく、大阪市内の飲食店で店主を務めているが、その一方で再起を目指して練習に励み、今年1月にはJBCへ復帰を申請していた。
協議したJBCは、12月9日付で復帰に関する規定を新たに告示。「受傷後1年以上経過した段階でそれまでの画像と臨床経過をJBCに提出し(中略)支障がないと認められること」などを条件とした。山中は申請期限とされる最終試合から3年以内に復帰を申し出ており、今後はライセンスの再交付を受け、再起戦の1週間前のMRI検査などをクリアすれば復帰が可能に。ただし、試合ごとに前後の同検査が義務付けられ、再び頭蓋内出血が認められた場合、ライセンスは自動的に失効し、2度と復帰は認められない。
来春、約3年8か月ぶりのリング復帰となる山中。この日の興行では、20歳の妹でサウスポーの山中菫が勝利し、デビュー4連勝を飾ったとあり「兄と妹で初の王者を目指して頑張ります」と笑顔。日本ボクシング界初となる兄妹同時王座獲得も掲げた。現役復帰後も飲食店は続けるという。
(略)
※省略していますので全文はソース元を参照して下さい。
【ボクシング】西島洋介(48)が引退試合…ヘビー級世界王者の夢は後継者・但馬に託す
西島 洋介(にしじま ようすけ、1973年5月15日 - )は、日本の男性元プロボクサー、元総合格闘家、元キックボクサー。東京都出身。AK所属。 東京都板橋区生まれ。小学校時は広島市西区井口育ち。少年野球チームに在籍した。埼玉県を経て東京に戻り、小松原高等学校時代は野球部に在籍。通学路にてオサムジ 20キロバイト (2,107 語) - 2021年9月9日 (木) 17:35 |
12/16(木) 20:59
デイリースポーツ
西島洋介が引退試合「これで悔いがないです」ヘビー級世界王者の夢 後継者・但馬に託す
2回、但馬ミツロのパンチを受ける西島洋介、この後TKOとなった(撮影・飯室逸平)
「3150ファイトvol.1」(16日、メルパルクホール大阪)
ボクシング元東洋太平洋クルーザー級王者で「西島洋介山」のリングネームでも活躍した西島洋介(48)が、“引退試合”に臨んだ。JBC管轄外のスペシャルマッチで但馬ミツロ(27)=3150ジム=と対戦。拳を交えて、自身が果たせなかったヘビー級世界王者の夢を託した。
両者は3分4回、12オンスのグローブで対戦した。1回、序盤は西島は、受ける但馬に対して連打からボディーを打ち込む展開。中盤から但馬のスピード、キレのあるパンチを浴びた。終盤には連打を浴びてコーナーに追い詰められた。
2回、2分10秒、ロープ際で容赦ない連打を浴びてスタンディングダウンを奪われた。さらに猛攻を浴びて、残り19秒でレフェリーが試合を止めた。西島の最後の戦いは終わった。
試合後のリング上で二人は熱い抱擁を交わした。
但馬は「西島さん、ありがとうございました。僕が格闘技に熱中していた中学時代、高校時代、テレビで見ていました。変に抜くことなく、思い切りパフォーマンスさせていただきました」とリスペクトする思いを口にした。
西島は「但馬選手、お集まりのみなさん、きょうはありがとうございました。これで悔いがないです。ずっといつ辞めようと思っていて、辞める機会がなくて、カムバックしてプロレスとかやって。体もあれですし。但馬選手のパンチ、すごくて。もう終わりだなと思いました」とヘビー級世界王者の夢を託して、最後の戦いを終えた。
場内に10カウントゴングが響いた。
西島は高校卒業直後の1992年、日本初のヘビー級世界王者を目指してボクシングデビュー。1996年に東洋太平洋クルーザー級王者を獲得した。だが、1997年に米国で日本ボクシングコミッション(JBC)未公認団体のタイトル戦に出場。翌年も海外で試合を行ったことでライセンス無期限停止処分を受けていた。
2003年を最後にボクシングを引退。その後は2005年PRIDE、さらに2007年K-1のリングにも立った。「最後にどうしてもボクシングで終わりたいとずっと思っていました。その時に亀田会長からオファーをいただいて」とこの日の“引退試合”に備えてきた。
但馬はアマチュアで全日本選手権2連覇などの実績を誇る実力派。西島は「ミツロ選手に日本初の世界ヘビー級王者になってほしい。その思いが伝わるような試合をできれば」と話していた。
(出典 newsatcl-pctr.c.yimg.jp)
https://news.yahoo.co.jp/articles/f84e0cca92c3d0ff27c4008193b6b42d84779222